完訳 千一夜物語

2010年10月20日 読書
ごく幼少の頃<アラジンと魔法のランプ>が大好きだった。
自分で本を読むようになっても人魚姫や白雪姫より
アラビアの王様やお姫さま、
ジンニー(魔神)やジンニーア(女魔神)の出てくる物語のほうが
ずっと楽しいと思っていた。
中学生になって絵本ではない「千一夜物語」を図書館で読んで
完全にぶっ飛んだ。
・・・なんてエロティックで自由な世界のお話なんだろう。

アンデルセンもイソップも面白いけど、なんとなく暗くて読後感が良くなかったりする。
その点、千一夜物語はどこまでも官能的で享楽的でファンタジックで、
そして大らかなのである。

話の発端からしてすごい。
美人のお妃に裏切られて女性不信になった王様が、
毎晩美しい処女を召しだして一晩を共にし、
朝には処刑するという無茶苦茶なことをやっていた。
当然、若くてきれいな女の子がどんどん減っていく。国家存亡の危機だ。
事態を憂慮した大臣の娘・シェへラザード(この本ではシャハラザード)は一計を案じ、
王様が続きを聞かずには居られないような面白い物語を毎晩語って聞かせ、
王様は続きが知りたいばかりに彼女を処刑せず、翌晩の寝物語の続きを心待ちにする。
・・・ここから始まる物語なのだから、色っぽくて当然である。

イスラム世界の話なのでアッラーの名が随所に出てくる。
しかしイスラム世界に対して私たちが抱きがちであるだろうイメージ・・・
厳格な戒律でコントロールされた男尊女卑や禁欲的なイメージは、
ここでは見事に裏切られる。
(<排他的なイスラム教徒>の姿は’80年代以降急速に広まったイスラム原理主義的教えに乗っ取ったものである)
恋に色事に自由奔放で、女は控えめに見えて賢く逞しく、
男はいつも女のはかりごとにうまいこと丸め込まれてしまう。
美男美女がやたらに出てくる。
しかもその美貌の描写の大げさなこと、少女漫画以上である。
ところどころに挿入されるアッラーとその作りたまいし世界を讃える詩は、
刹那的で耽美的でさえある。
何より、金銀宝石と薔薇と麝香と竜涎香(=アンバー)と、
その他夥しい香料の香り漂う世界は想像するだけでうっとりしてしまう。
・・・たぶん訳本が優れているからだと思いますが。

というわけで、最近の私は苦痛以外のなにものでもない通勤時間を、
目も眩むような美男美女と目くるめく魔法と財宝、
そして浮世の諸々を忘却の彼方へ運び去る、
エキゾティックな香料の幻覚とともにやり過ごしているのです。
(全13巻)

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