徹頭徹尾経験主義者。~ReBORN追記
2012年5月30日 キムラさん コメント (2)myojo。
今月もしっかり面白くてとても味わい深い。
Good Job.
『いい出来だ。よくやった』と訳しちゃうと確かに上から目線っぽいけど、
『やったね!』『よっしゃ!』くらいの感じだとキムラの言うGJ!に近いのかな。
たとえば就職活動。
適職診断とか、まぁ参考としてはアリだけど、それが全てじゃない。
その場に行って、やってみなくちゃ分からないことだらけ。
先入観や憶測で向いてる/向いてないと決めつけるのはちょっと違う、と。
なんであれ、誰かと一緒にやり遂げたときのGJ!な感覚。
そのために人(もちろん自分も)は頑張れる、と。
こないだのがんばりますっ!!でも、「ここが一番かな…人が。」と言ってた
ホテルオークラの厨房。
ああいう上司の人に、仕事の後ロッカールームで汗だくのユニフォームを脱ぎながら
「一杯いくか?」と誘われたら絶対行っちゃう、って。
キムラらしいね。
日常で身の回りに存在する、ありとあらゆるものには、どこかで誰かの手が加わって初めて自分の元へやってくる。
そういう、目に見えない部分で存在する、人と人とのつながりに想いを馳せる。
誰かと誰かが繋がって何かをやり遂げ、その結果が誰かに送り届けられる。
そこに<共感>が存在すれば最高だと…。
例えば、芝生に散った花びらを「汚れてる」と片付ける前に
「きれいだな」と感じるような心、感覚。
ある意味繊細で注意深く、先入観にとらわれないものの見方。
それを共有できるような、ごく自然に、意図せずして生まれる、人との共感。
彼の全ての思考の根底にあるのは、徹底した経験主義。
それと、人と人の共感を通じて生まれる結果としての達成感。
彼の語りは、あまりにも映像的・具体的すぎて、思考の核に到達するのには、
文面の言葉を拾っていくだけではまどろっこしい。
感じ方や思い浮かべる映像を想像してみる必要があったりする。
でも、そこには<やりがい>なんていう抽象的な言葉からは到底導き出し得ない
具体的で感覚的である意味、見て・触れる言葉のみが生み出せるリアリティがある。
だから、彼の言葉は面白く・色彩と感覚と感情に溢れているのだろうな…。
ただ、敢えて一つだけ。
人間の才能は、キムラが上げた<人格的なもの>だけではないと思うんだよね…。
例えば<芸術的センス><数学的センス><運動神経><美貌>。
それらの才能のリストを、意図的に文章から取り除いたのかもしれないけれど。
(その気持ちや感覚はすごく彼らしいとも思う)
でも、そういう才能は、頑張って手に入るものではない。
これが『技術』であれば…絵を描く技術、数学の複雑な問題を解く技術、
早く・長距離を走る技術、お洒落に美しく見せる技術、
そういったたぐいのものは、努力で身に付くかもしれないけれど…。
その技術的な部分を超えた境地に、時々でもたどり着ける人というのは、
やはり限られた<才能>に恵まれた人たちであるのは、間違いない。
例えば。
彼と関係の深い『ドラマ』『映画』なんかも、もちろんスタッフ同士、
俳優同士の、人間としての深いつながりや共感あってこそではあるけれど、
<監督>という職業の人に限って言えば、必ずしも一緒に飲みたくなるような
素敵な人である必要は全くない。
必要なのはイマジネーションの圧倒的な煌めき、それを実体化するための能力と
万難を排して(ときにはありとあらゆる事象と格闘し悪態をつきながらも)
やり遂げる狂気じみた精神力と強かさ。
人格はアレでも、才能=強烈な魅力、っていうヤツですね(笑)
人と人とのつながりは、もちろん尊いものに違いない。
でも、それが全てではない。
そして彼も、本当はそういう才能=Giftを持った人であることを、
もっと自然に受け入れちゃっていいんじゃないか?と思わずにはいられない。
ReBORN.
石巻編。
http://www.reborn-toyota.jp/
すごいよこのCM。
キムラの表情、声。
そしてたけしの「ばかやろー!!!」
…ちょっと泣きそうです。
ああ…映画が見たい!!!!!!
今月もしっかり面白くてとても味わい深い。
Good Job.
『いい出来だ。よくやった』と訳しちゃうと確かに上から目線っぽいけど、
『やったね!』『よっしゃ!』くらいの感じだとキムラの言うGJ!に近いのかな。
たとえば就職活動。
適職診断とか、まぁ参考としてはアリだけど、それが全てじゃない。
その場に行って、やってみなくちゃ分からないことだらけ。
先入観や憶測で向いてる/向いてないと決めつけるのはちょっと違う、と。
なんであれ、誰かと一緒にやり遂げたときのGJ!な感覚。
そのために人(もちろん自分も)は頑張れる、と。
こないだのがんばりますっ!!でも、「ここが一番かな…人が。」と言ってた
ホテルオークラの厨房。
ああいう上司の人に、仕事の後ロッカールームで汗だくのユニフォームを脱ぎながら
「一杯いくか?」と誘われたら絶対行っちゃう、って。
キムラらしいね。
日常で身の回りに存在する、ありとあらゆるものには、どこかで誰かの手が加わって初めて自分の元へやってくる。
そういう、目に見えない部分で存在する、人と人とのつながりに想いを馳せる。
誰かと誰かが繋がって何かをやり遂げ、その結果が誰かに送り届けられる。
そこに<共感>が存在すれば最高だと…。
例えば、芝生に散った花びらを「汚れてる」と片付ける前に
「きれいだな」と感じるような心、感覚。
ある意味繊細で注意深く、先入観にとらわれないものの見方。
それを共有できるような、ごく自然に、意図せずして生まれる、人との共感。
彼の全ての思考の根底にあるのは、徹底した経験主義。
それと、人と人の共感を通じて生まれる結果としての達成感。
彼の語りは、あまりにも映像的・具体的すぎて、思考の核に到達するのには、
文面の言葉を拾っていくだけではまどろっこしい。
感じ方や思い浮かべる映像を想像してみる必要があったりする。
でも、そこには<やりがい>なんていう抽象的な言葉からは到底導き出し得ない
具体的で感覚的である意味、見て・触れる言葉のみが生み出せるリアリティがある。
だから、彼の言葉は面白く・色彩と感覚と感情に溢れているのだろうな…。
ただ、敢えて一つだけ。
人間の才能は、キムラが上げた<人格的なもの>だけではないと思うんだよね…。
例えば<芸術的センス><数学的センス><運動神経><美貌>。
それらの才能のリストを、意図的に文章から取り除いたのかもしれないけれど。
(その気持ちや感覚はすごく彼らしいとも思う)
でも、そういう才能は、頑張って手に入るものではない。
これが『技術』であれば…絵を描く技術、数学の複雑な問題を解く技術、
早く・長距離を走る技術、お洒落に美しく見せる技術、
そういったたぐいのものは、努力で身に付くかもしれないけれど…。
その技術的な部分を超えた境地に、時々でもたどり着ける人というのは、
やはり限られた<才能>に恵まれた人たちであるのは、間違いない。
例えば。
彼と関係の深い『ドラマ』『映画』なんかも、もちろんスタッフ同士、
俳優同士の、人間としての深いつながりや共感あってこそではあるけれど、
<監督>という職業の人に限って言えば、必ずしも一緒に飲みたくなるような
素敵な人である必要は全くない。
必要なのはイマジネーションの圧倒的な煌めき、それを実体化するための能力と
万難を排して(ときにはありとあらゆる事象と格闘し悪態をつきながらも)
やり遂げる狂気じみた精神力と強かさ。
人格はアレでも、才能=強烈な魅力、っていうヤツですね(笑)
人と人とのつながりは、もちろん尊いものに違いない。
でも、それが全てではない。
そして彼も、本当はそういう才能=Giftを持った人であることを、
もっと自然に受け入れちゃっていいんじゃないか?と思わずにはいられない。
ReBORN.
石巻編。
http://www.reborn-toyota.jp/
すごいよこのCM。
キムラの表情、声。
そしてたけしの「ばかやろー!!!」
…ちょっと泣きそうです。
ああ…映画が見たい!!!!!!
コメント
ReBORN、新作、素晴らしいですね。
演者と演出の息がぴったり。
あの濃密な表現で、本当に1篇の映画を見ているかのような気分に。
思わず涙が・・・。
誰か、誰か早く、木村さんを映画で、スクリーンで魅せてください!
ひとつ前のエントリですが、昏さ・・・との表現、ステキ。
まったくもって同意でございますぅぅ~。ああ。身悶えまする。
ReBORNはまさに今の彼で見たい作品ですよね。
企画も演出もカメラも音楽も、主演の二人の個性を生かしきった作りだと思います。
私たちが見たいものが<分かって>いるんだよなぁ。
某所で過去のCMを漁ってはその思いを強くしました。
特にSUNTORYとNikonは、「こんな感じで見たい!!」キムラがてんこ盛り…。
昏さ、を選んだ意図を汲み取っていただけて嬉しいです。
漢字ってモノの形から変化してきただけあって、一つ一つに表情やニュアンスを
感じませんか?
いろいろ刺激されますよね(笑)