ギャラリー916の上田義彦氏の写真展『Birds and Bones』へ。
http://gallery916.com/exhibition/birdsandbones/
*展示写真の一部がブラウザから見れます。

古代の森の姿をとどめる屋久島と屋久杉の神秘の姿に迫る
『Materia』展以来です。
*4/5の記事参照↓
http://edit.diarynote.jp/home/diary/edit?time_id=201204052256029591

今回は山階鳥類研究所に保管された世界各国の鳥類の標本写真と、
ほ乳類の骨格標本、そして現在上野の国立科学博物館で開催されている縄文人展
http://www.kahaku.go.jp/event/2012/04jomon/
での縄文人の骨格写真とが展示されています。

前回もですが、上田氏のオリジナルプリントを前にすると、なにかこう…
打ちのめされた気分に陥るのです。
恐るべき表現へのエネルギーが視覚を圧倒し、触覚・嗅覚までをも刺激しつつ、
内面に強烈な揺さぶりをかける。
微かに青みを感じさせる漆黒の闇に、あまりにも鮮やかに・細部まで
執拗に切り取られ、その質感まで念入りに再現された鳥の羽根、ほ乳類の骨格。
息をすることさえ忘れるような、表現への執着が見るものの視線をクギヅケにし、
その魂を凍結された<死>の世界へと誘います。
それらは一般的な意味ではとうの昔に死んでいるのに、上田氏のカメラによって
新たな生命…無生物としての<生>を得て蘇り、何事かを語りかけてくる。

こんな写真を撮るためには、どれほどの情熱が必要だろう?

まず羽毛の一つ一つ、骨の表面の微かなヒビや色の濃淡に至るまで仔細に点検し、
指先で触れ、その全容が脳裏にくっきり刻み込まれるまで眺める。
次にその脳裏に浮かんだ姿と実際に手元にある対象とをシンクロさせる、
気の遠くなる作業が始まるに違いない。
どんな配置で、どれくらいの明るさで、光の角度は?ピントの深度は?
顕微鏡を覗き込みながら手術する外科医のような、大胆さと繊細さを持って、
全ての条件を一つ一つクリアしていく。
その段階を経て、ようやくカメラの後ろに回る。
きっと、すぐにはシャッターを切らないに違いない。
対峙する剣士のように、その瞬間を待つ…我慢強く…そして、その瞬間。
(*注:すべて私の妄想です)

さて。
上田氏の被写体たちは、頭のてっぺんから細い尾羽の先端に至るまで鮮明に、
まるで実物を目の前にしたかのように仔細に眺めることが可能なのです。
凄いなあ…。
ギャラリーのスタッフさんが、上田氏がこの撮影に使っているのは<ディアドルフ>という特殊なカメラであると教えてくださいました。
http://theonlinephotographer.typepad.com/the_online_photographer/2007/12/chamonix-4x5.html
まるでアコーディオンのような形状をもつ古風なカメラは、蛇腹を伸び縮みさせ、
ピントの深度を調整するしくみだそうです。
いや〜…このカメラのビジュアルは堪えられませんな。
しかしその素晴らしさを支えているのはもちろん、技術や機材だけでありません。
さらにその方の説明によりますと、今回の916で展示されているプリントは、新たに焼き直したもので、2008年に発売された写真集(写真参照)とは別なのだそう。
写真そのものは2005年から2008年にかけて撮られたものですが、
上田氏は撮影当時の感覚を呼び覚ましつつ、作業に臨まれたと。
「7年から4年の月日を経過した今、流れた時間の層を一気に透過して、
<その瞬間>の自分の感情や感覚を呼び覚ます作業を経た上で
今回はブルーを強調するように調整して焼き直した。」ものだとか。
まるで遺跡を発掘し、洗浄し、組み立て直し、現在へと蘇らせるような作業。
その作業過程のお話が、<死>から蘇って新たな表現の生命を得た被写体たちの
イメージとぴったりと重なって、
勝手ながら私は、そこに何か崇高な意思を垣間みる気さえしたのでした。

コメント