「どうしよう、すごいもの見ちゃった。」
夕方息子がドアを開けるなり言った。
「とにかく来て!」
というのでアパートの1Fに一緒に降りた。
縦横3m、高さ2.5mほどの階段下にある空間で、床はコンクリで、表口と裏口が
素通しの構造になっている。
1Fの103と104号室のドアが向い合っているちょうど真ん中の辺りに赤黒く変色した
血の跡があった。
「これ。」
息子が裏口のところの草叢を指差し、そこにキジバトの死骸がひとつ転がっていた。
「自転車置き場から裏口を入ろうとしたらそこに灰色の鷹が居て、オレを見て
慌てて飛んで行ったんだよね。」
大きめの獲物を仕留めた鷹はそこでゆっくり食事するつもりだったのだろう。
まさかそこがアパートの1Fで人間がやってくるなんて思わずに。
息子は1Fの住人がドアを開けた時のことを考え、ハトを草叢に置いたらしい。
私はちょっと考えて、箒とチリトリでキジバトの死骸をよく見える場所に移動した。
これだけ立派な獲物だ。
鷹もそう簡単に諦めるはずはない。
3Fの部屋に戻りそっと窓から覗くと、背中が灰褐色で腹が白くて烏位の大きさの鷹が
目の前の電線に止まってじっと様子を伺っている。
こちらを警戒してるようだし夕飯の支度もあるのでそっとしておこう。
それから2時間ほど、すっかり暗くなってから見にいくと、残念ながらキジバトの死骸はまだそこにあった。
一度人が触れたものを、用心深い彼らは口にしないのかもしれない。

翌朝もう一度確かめに行ったらキジバトの死骸は消えていた。
床にはまだ血の跡がそのまま残っていた。
果たして早朝、鷹がまたやって来てどこかへ運び去ったのか。
それとも別の生き物が夜のうちに持ち去ったのか。
または、誰かがゴミとして回収したのか。

鷹かあるいは他の動物の餌になるなら、キジバトの死には意味がある。
でもゴミとして回収されてしまったら…。

それから数日後、雨の中、一羽のキジバトが電線に止まっていた。
寒いのに長い時間、ずっと動かずにそうしていた。

コメント

nophoto
さくら
2015年9月3日10:55

こんち。

一篇の美しいショートストーリーのよう。
スモーキーな色合いのヨーロッパの片隅の街、静かに流れる時間。
静謐な映像が浮かんできた。
ナレは木村で(≧▽≦)

素敵なエントリーをありがとう!!

HT
2015年9月3日22:50

こんばんばーん(うぎゃ)

ありがとー。
でもそんな褒められたらどんな顔していいかわからんでやめてくれ。
木村の声で読まれたらどんなクソ文(え?)でもうっとりするに違いないす。