たそがれの語源は「誰そ彼」だそうだ。
昼と夜のあわい。
誰かが歩いてくる。 知ってるような知らないような。
見知ったはずの人の顔が仕草が、何かが違って見える時間。

ドラマや映画の撮影が始まるとすぐに分かる。
よく知っているはずの木村拓哉なのに。
まさに「誰そ彼」の、彼。
まだ見ぬ「だれか」が彼のなかに密かに忍びこみ根を張り、
指先から目つきから話す声まで微妙に変化させてしまう。
レギュラー番組がなくなったので私は彼が、今現在どんなふうだか
声を聞くこともしぐさを見ることもできない。
が、sessionのたった2枚の写真が、彼が相変わらず「そういうひと」
であることを教えてくれる。
潔く短く整えられた髪が生真面目で几帳面な人柄を想像させる。
その顔。
光が淡く照らす斜め左からのその表情は、遠くを見ているようであり、
実のところ何も見てないようであり。
この男には人知れず胸に秘めた想いがあるのだろうか。
そしてもう一枚。
日没後の青い闇の中、わざとピントをずらしたポートレイトの目線が、
こちらへ問いかけているようにも、拒否しているようにも感じてしまう。
どちらもまるで相反する二つの意思がせめぎあっているみたいに見える。
こんな目をする最上という男。
どんな物語の世界に誘ってくれるのだろう。


ELLEのカンヌでのインタビューの写真は無邪気な顔をしていた。
解放され、少年のように振る舞う彼がちょっと眩しかった。
そこからのUOMOの、二枚のポートレイト。
木村の振り幅の大きさにちょっとだけ目眩がする。

解放といえば、「夜」のテーマでなぜか久々のNY、ジョシュ・ハートネット。
会って、飲んで、酔っ払って、なぜか明け方のNYに置いてけぼり。
そこまでは知ってたけど、タクシーかなんかで帰ったのかと思ってたら。
酔っ払って大胆になってたのかもだが、かなりヤバい。
日本で一挙手一投足が話題になってめちゃくちゃ窮屈な生活だから、
カンヌとかNYとか、海外では文字通りタガが外れるのだろうか。
でもなぜか相手は「木村拓哉」だってことを知ってたわけで。
彼が居るはずのないNYで、パッと見て「ああ!」と分かっちゃうってこと。
不思議だなぁと思ったんだけど、まぁあの顔立ちはどこへ行っても目立つよね。
そこんとこ、木村的にはどう思ってるんだろう。
そしてこの話、飯島マネが居たら掲載されなかったろうな、とも思う。
いろんな意味で、ね。

追記)
左下にちいさく木村の撮った黄昏の写真。
「マジックタイム」・・・その言葉にふさわしい綺麗な色合い。
この人の目はいつもとても澄んで居るけれども、そこに映る景色も
きっとそんなふうに違いない。

コメント

nophoto
2017年7月29日18:47

元smap 3人の番組やラジオ、雑誌の連載が秋以降も続くみたいで...やはり実力があり求められている人は事務所の力など関係なく番組も続くのですね
さて、木村さんはどうでしょう?解散騒動で一番イメージダウンしたのは木村さんです。その影響でcmも次々になくなりました。
今回の映画は後輩と共演ということで、事務所の力でキャスティングされている部分が大きいです。バラエティのレギュラーのオファーがないのはまあ仕方ないとして、これからもコンスタントに役者仕事が来るかどうかで本人の実力が認められているかどうか判断できると思います。この映画の次は、ぜひ事務所の力ではなく本人の実力で選ばれたんだなと思えるような作品に出て欲しいですね。

HT
2017年7月29日22:38

愛さま、こんばんは。

元Gメンバーのお仕事が事務所退社後も継続されるのですか?
存じ上げませんでした。おめでとうございます。
世間に求められ、お仕事のオファーも順調なのでしょう。良かったですね。
木村の今後をご心配いただいているようですが、CMのお仕事に関しては
飯島女史時代のものは一旦終了してけじめをつけるだろうと思ってたので
意外ではありません。
木村本人も「新人」宣言しましたでしょ?
そういうことだと思ってます。
役者仕事に関しては2017年早々にアライフが、そこからの無限の住人で、
次が検察側の罪人と、飯島時代には考えられなかったペースで充実しております。
上の文章をお読みいただければお分かりでしょうが、匂い立つような憂いを秘めた
美しい大人の男として成熟した姿が見れて、嬉しい限りです。
原田監督が「男の香華」と表現した佇まいが、フィルム・ノワールを撮りたいという
監督の意向にピタリとはまったということでしょう。
事務所の力で取ってきた仕事だとしても、何が問題なのでしょう?
愛さまが誇らしく思ってらっしゃる3人のお仕事も、彼ら自身がとってきたのでなく
ジャニーズ事務所あるいは飯島マネの力で手にしたのではないですか?
私は木村が、大好きな役者の仕事で魅せてくれればそれでいいのです。
木村拓哉は大丈夫。
あなた様もどうか、大好きな3人(4人)を応援してあげてくださいね。
バラエティだけでなく役者として、歌い手・ダンサーとして
ファンが夢中になれるお仕事がコンスタントに継続しますように。

nophoto
SKY
2017年7月30日13:05

HT様

UOMOの木村さん。カンヌの木村さん。
狙った色気ではないでしょうに溢れてしまう大人の色香。
文字通り「悩殺」されてしまいました。見た瞬間に。
自分史上最高の色男-木村さんが木村さんによって上書きされていきます。

なんなんでしょうか、あの方の正体は。
まさにHT様が仰る「誰そ彼」ですね。
どんな髪型もファッションも自分のものにしてしまう個の強さがあるからなのか、何者にもなれる、個に固執しないボーダーレスな内面と、国籍や性別で括れない絶妙に美しい容姿に寄るものなのか、本当に知れば知るほど良く分からなくなる、語り尽くせないお方ですね。

見ている側をあれもこれもと欲深にさせる罪な男です(^o^)

今の撮影が終わっても、彼は求め続けられると信じて疑いません。
何も心配していません。環境が整いつつあるとも確信しています。

メディアの偏向報道は心配ですが、これも気付かれ始めていますので大丈夫。
万次さんも順調に世界中を旅しています。彼の名前と顔がアジア以外で知られていく…。ずっとずっと待っていた…やっと、やっとです(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

nophoto
SKY
2017年7月30日17:00

追記です。

NYでの出来事。何事もなくて本当に何よりですが、「映画かよ!」って事がそこらじゅうに落っこちてる木村さん(エディースリマン氏からナンパw他)、結局持ってるオトコ、全部かっさらうオトコが気になって気になって仕方がない方は素直に飛び込んでみればいいのに。と思います。多いですよね、前置きつけてキムタク語る人。

お茶の間でプライド見ててアンチ気味だった私が、この有様でーす*(^o^)/*
無関心では居られないんですよね。何してても見ちゃうから*(^o^)/*

HT
2017年7月30日22:36

SKY様お久しぶりです。

不思議ですよね。
カンヌでも昼間と夜とでは別のひと。
でも出川さんの「ヒューマン&ヒューマン」では屈託のない笑顔を見せて、
その一ヶ月後には、憂愁を湛えたつかみどころのないミステリアスな表情で。
おっしゃる通り彼の美しさは揺らぎのあるもの、写真にしろ映像にしろ、作り手の
「こう見せたい」意図で変幻するように思えます。
なのに、木村拓哉の本質は揺らがずそこにある。
NYの夜、いるはずのない場所でも「木村拓哉だ」と認識されてしまうほどに(笑)
彼が彼であり続けてこれたのは才能、美貌、そして運もあるでしょうけれど、
周りの人たちに恵まれたのも大きいと思います。
飯島時代には全く見えてこなかったせいか、「人間関係が築けない」「人望がない」
などと揶揄する人たちも居ましたけれど(本人も敢えて公にしなかったかも)、
類友とはよくぞ言ったものだなぁと思いませんか?
急がば回れ、とまでは言いませんが、待ち・タイミングを測り、行動に移す。
モチベーションを失うことなく時間がかかっても目標を達成する人。
そういう彼を見守り協力を惜しまない人たちがたくさんいる。
大丈夫です。
「万次の抱えた絶対的な孤独と同じ風景を木村拓哉も見ている。」
と三池監督はおっしゃいました。
彼の生き方や本質を見事に捉えた言葉だと思います。
が、そのことをインタビュアーから伝え聞いた木村の答えは
「そうでもないですよ。わかり合える仲間が居ますから。」でした。
監督はたぶん役者として、スターとしての立ち位置の話をし、
木村は個人としての生き方の話をした気がします。
その両方の視点があるからこそ、彼はずっと立ち続けてこれたし、
これからもきっとそうだろうと確信しています。

nophoto
裕子
2017年7月31日0:54

HT様
なるほど黄昏は「誰そ彼」が語源なのですね。
昼が明るさを失いつつ本格的な夜になるほんのひとときのゆらぎ、
確かにUOMOのテーマは夜ですが、木村さんがいる空間は「誰そ彼」。
撮られていることなど全然眼中になくて、彼自身の想いに集中しているように
思えます。だからこの写真を見ているとなぜか一緒に心が安定してきます。
たそがれ時だっていいものだよ、って。実は私はこの時間帯が大の苦手で、
一種の不安定な気分に襲われるのです、魔の時間帯なのです。
でも木村さんのこの表情を見ているとこの時間は思考の時だと思ってもいいかもと、また自分を解放出来るほんのわずかな空間帯と思ってもいいかもと、夜はまた別の顔を持たないといけないから。

もう一枚目もいいですね、アイドルをすっかり脱ぎ捨てた大人の男がいます。
ほんとに良かった!

目黒シネマではあちらのスタッフさん方がカンヌでの記事が載ったほとんど全
スポーツ紙の切り抜きを壁に張っていて下さっています。初めてみる記事もあったりしますし、等身大の万次さんが待合い場所の真ん中にあり出迎えてくれます。可愛い女性のスタッフさんたちの顔には万次の赤い傷がありました。
木村さんには素晴らしい類友がいると同時に温かい劇場のスタッフさんたちも
いて下さいます。関東に限って言えば丸の内ピカデリーは言うに及ばず、大森キネカさんそして目黒シネマさん。本当に有難いことです。映画はこういう方々にも愛されてなんぼのものなのかも知れませんね。
検察側の罪人、楽しみでたまりません。

木村さんにはテレビの時間埋めのためのどうでもいい番組に、ひとがほとんど
見もしないような番組に貴重な時間をつぶして欲しくありません。それはそれしか出来ないタレントに任せておけばいいと思っています。
ただ年に数回のさんタクはやって欲しいかなと思いますが。さんまさんと木村さんのは見るひとを不愉快にするようなことが全くないから、見ていてとても幸福な幸福な気分になれます。これってとても大事だと思うのですが。

nophoto
SKY
2017年7月31日7:54

おはようございます。

返信ありがとうございました。

三池監督と木村さんの「孤独」に対する両方の視点があるからこそ…
と言うHT様のお言葉。
まさに!と思いました。どちらもあるのがまた木村さんの魅力。
スター性とか大衆性とかカルト性とか混在してるのが凄いんですよね。

三池監督が自分が哲学者なら「木村拓哉論」を書いてみたいと仰った。
松山ケンイチさんも対談で熱く語ってらしたけど、容量ハンパない、どうなってるんだこの男は、と一緒に仕事されると皆さんそう思われるようで。

私も朝から熱くてすみません(๑>◡

HT
2017年8月2日18:53

裕子様、お返事遅くなりました。

たそがれ・黄昏、「誰そ彼」。
言葉の響きにもどこか曖昧なつかみどころのない余韻があります。
おうまがとき、「逢魔時」とも。
昼と夜、境目のとき。
境い目は裂け目でもあり、この世ならぬものが見れたり見れなかったり。
・・・そんな時間に人は無意識に畏敬と予感を感じてしまうのかもしれません。
木村拓哉と、逢魔時。
彼をアイドルと見る人には想像もつかないかもしれませんが、彼には何か
尋常ならぬもの、人ならぬものの影をも、その肉体に宿らせて目に見える姿へ
転換して見せる力があるような気がして、検察側の罪人がそんな片鱗を
窺わせるものであればいいなと思っています。
映画を愛し・愛される役者であり続けて欲しいですよね。

さんまさんと木村拓哉の組み合わせは、遠慮も容赦もないのに愛があります。
楽しいけれども馴れ合いも手抜きもなく気持ちいいですよね。
毎年4回は見たい!!

HT
2017年8月2日18:58

SKY様。
 
三池監督は映画監督なので、文章を著す代わりに映像で「木村拓哉論」を
展開して見せたのかもしれませんね。
木村拓哉のエネルギーは40台を迎えながらの27時間ライブ、コンサートなどで
超人的なところを目撃しましたが、彼自身はとても理性的でありながら、
内部に蓄えたエネルギーが一点に向けた時のパワーは凄い。
この先も楽しみです!

nophoto
裕子
2017年8月2日19:50

HT様

ジャンヌ・モローさんが亡くなりましたね。
とても残念です!
背中で魅せることの出来る最高の女優さんだったと思っています。
その点でもなぜか木村さんと重なっていました。

彼女が女優になった理由として:
「自分の人生しか分からない人たちに、他人の人生を垣間見ることが
出来るようにしたかった。演じる人物にいかに興味が持てるのか、
常に学んでいる」

まさに木村さんそのものに思えます。彼にどうして惹かれるのかの
理由をジャンヌ・モローが語ってくれてるような。
木村さんに会ってもらいたかったと思う最大の女優さんでした。

HT
2017年8月5日17:54

裕子さま。

ジャンヌ・モローさん、好きでした。
背中で魅せる・・・わかります。後ろ姿で語れるといいますか。
後ろ姿って主に男の背中と言うけれど、女も生き方が出ますよね。

彼女の言葉、本当に木村に似てますね。
誰かの人生を生きる。
その感覚を持つのは、ある意味、とても重たいことだと思います。