変わったなぁとつくづく思う。
検察側の罪人キャンペーンで雑誌、CM、インタビュー、Webにラジオ。
ジャニショで写真販売まで、なんて2016年の忍耐の日々から想像できました?
いや、それ以前と比較しても違うよね。
量もだけど「質」が。
グラビアのビジュアルの良さ。CMの手の込んだ面白さ。
グループ時代末期には無かった充実っぷりで、90年代に戻ったみたい。
FLOWになって、SMAPが取れて、選曲も構成も木村らしさが色濃く反映されて、
Web番組の木村さ〜〜ん!のあの感じも、ヲタは知ってたけどTV番組では
あまり表に出してもらえなかった木村拓哉という人の変わってる感=拘り、を
倉持Dが上手いこと引き出してる。
その見せ方も分かってる感満載でヲタのツボ突きまくり・笑
まだ2回だからこの先何をするのか分かりませんけれども。
それにしてもFLOWはいい感じに出航したよね。
元々聞き上手なのに、発揮できる場が少なくて残念だったからね。
いろんな人と対談してほしいって思う。
映画が公開されたら裏話も聞きたいし、でもどんな構成にするかは
あまりガチガチに決め付けないほうが、らしくていい。
しなやかに自由に波に乗って。
それと、木村さ〜〜ん!ではアコギ一本で歌う企画をぜひ。
木村の声大好きだから。
雑誌のインタビュー。
凄い数出てますが、雑誌独自の取材記事は+actとUOMOくらいですか。
他は同じ囲み取材をちょっとアレンジした違い程度で。
+actは凄いね。
ほぼ彼の喋りをニュアンスまで掬い取ってそのまま文字起こしした感。
木村がじっくりと台本を読み込んで現場に臨んでるかがよく分かる。
現場で台本見ないのは「相手の目を見て芝居したいでしょ。」が彼らしい。
原田組の現場を「命綱無しで断崖絶壁に立つ。」と表現したのは衝撃だった。
どの作品も「役を最後まで生き抜く」と決意して取り組むのは同じだけど、
最上は背負うものが大きかった。「これ、俺が背負うの?」って。
その重さを実感しているからこそ、「頭でっかちに」なった状態で現場に行く。
でも監督に「それ、いらないから。本物をちょうだい。」
あっさり「No.」を突きつけられる。
自分の日常に近い感覚で想像すると、入試とか。大事なプレゼンとか、
とにかく高いところに登った上でいきなりハシゴを外される。
自分の方法論を根本的に変えてやってみてくださいと要求される。
きつい。
そんな重い日々が来る日も来る日も続く。
すり減ってしまいそう。
早く終わって欲しい。無事に着陸したい。と思うのが普通でしょうが、
木村の場合撮影終了は開放感6に喪失感4だと。
やっぱりMゾじゃ無いですか、演じることに関しては。
毎回「全力で。」「役を生きる。」
未だに新人のような瑞々しい感性を保っているのに驚き、だからこそ彼の芝居は
いつも新鮮に見えるのかもしれない。
こういう話、今まであまり語らなかったよね。
去年撮り終えてるからほぼ一年前の記憶なのに、妙に細部がくっきりして、
生々しい感じ。
つい先日撮り終えたかのようだ。
現場が強烈だったのだろうし、お芝居に集中できる環境だったからこそ、
語る心境になったのかもと、考えてしまう。
インタビューといえば二宮くんのも興味深い。
特にキネ旬。
彼の見た木村拓哉像がまさに私(たち)が想像していたものとかなり近くて、
「おおー!」となりました。
曰く「スペックが違う。」
「本人は気づいてない。」
・・・これだよ。
共演者が彼を尊敬し好きになってしまう理由。
プロ意識に着いていけなくなる人もいるだろう理由。
そして彼が、どこか孤独を抱え込んで見える理由。
そしてたぶん、さんまさんと彼が固く結びつく理由。
そして二宮くんが木村の芝居を「ロジカル」と評したのがまたツボで。
そう、木村のは憑依されたお芝居じゃない。
役の生を染み込ませ、細胞レベルで同化する。
役になりきるというより役と融合する時、木村が使うのは「ロジック」だと。
その一方で、「現場ではエモーショナルに動く瞬間があった」と言ってるのが、
楽しみで仕方ないです。
彼が感情を爆発させたと感じたお芝居はそれほどない。
パッと思いついたのだと、
一分、華麗、空☆、アイカム、アイムホーム、無限の住人。かなぁ。
あの、理性が吹っ飛んだ瞬間の木村の目。
たまりません。
原田監督は「カメラに映ってるのはその役の人生の一瞬でしかない。」を
念頭に置いた上でのお芝居を要求したとのこと。
人物のバックグラウンドを演者が掴んでるのとそうで無いのとはリアリティが違う。
二宮くん曰く「頭の中にしっかりした映像がある」原田監督らしい指示の出し方。
ビジュアルシンカー。
そこ木村と同じじゃない?
ビジュアルシンカー(監督)vsビジュアルシンカー(役者) の構図。
監督ってエゴイストなくらいでないとやってられないし、良いものはできないはず。
いろんなタイプが居るでしょうが、原田監督はまさにそんな感じ。
そこで役者がエゴをむき出しにしたら収拾つかないこともあるだろう。
でも「それはいらないから。」と言われたら、パッと切り捨てる役者。
「だって、いらないんだもん。」
だからの、原田監督曰く、「エゴが無い。」
自分を良く見せたい。上手く見せたい。
向上心とエゴの境界線が、彼にはちゃんと見えているんだろう。
インタビュー全体の熱のこもり方。
彼が今回、できうる限り準備して現場に臨んだのがわかる。
木村流の演技論に踏み込んだ発言は珍しい。
これも新体制だからこそ、ですね。
飯島時代のギリギリ詰め込みスケジュールでは不可能だったこと。
準備する、心と体を整える、自分の意思を反映させる。
それが今、可能になりつつある。
「自然体」で。
検察側の罪人キャンペーンで雑誌、CM、インタビュー、Webにラジオ。
ジャニショで写真販売まで、なんて2016年の忍耐の日々から想像できました?
いや、それ以前と比較しても違うよね。
量もだけど「質」が。
グラビアのビジュアルの良さ。CMの手の込んだ面白さ。
グループ時代末期には無かった充実っぷりで、90年代に戻ったみたい。
FLOWになって、SMAPが取れて、選曲も構成も木村らしさが色濃く反映されて、
Web番組の木村さ〜〜ん!のあの感じも、ヲタは知ってたけどTV番組では
あまり表に出してもらえなかった木村拓哉という人の変わってる感=拘り、を
倉持Dが上手いこと引き出してる。
その見せ方も分かってる感満載でヲタのツボ突きまくり・笑
まだ2回だからこの先何をするのか分かりませんけれども。
それにしてもFLOWはいい感じに出航したよね。
元々聞き上手なのに、発揮できる場が少なくて残念だったからね。
いろんな人と対談してほしいって思う。
映画が公開されたら裏話も聞きたいし、でもどんな構成にするかは
あまりガチガチに決め付けないほうが、らしくていい。
しなやかに自由に波に乗って。
それと、木村さ〜〜ん!ではアコギ一本で歌う企画をぜひ。
木村の声大好きだから。
雑誌のインタビュー。
凄い数出てますが、雑誌独自の取材記事は+actとUOMOくらいですか。
他は同じ囲み取材をちょっとアレンジした違い程度で。
+actは凄いね。
ほぼ彼の喋りをニュアンスまで掬い取ってそのまま文字起こしした感。
木村がじっくりと台本を読み込んで現場に臨んでるかがよく分かる。
現場で台本見ないのは「相手の目を見て芝居したいでしょ。」が彼らしい。
原田組の現場を「命綱無しで断崖絶壁に立つ。」と表現したのは衝撃だった。
どの作品も「役を最後まで生き抜く」と決意して取り組むのは同じだけど、
最上は背負うものが大きかった。「これ、俺が背負うの?」って。
その重さを実感しているからこそ、「頭でっかちに」なった状態で現場に行く。
でも監督に「それ、いらないから。本物をちょうだい。」
あっさり「No.」を突きつけられる。
自分の日常に近い感覚で想像すると、入試とか。大事なプレゼンとか、
とにかく高いところに登った上でいきなりハシゴを外される。
自分の方法論を根本的に変えてやってみてくださいと要求される。
きつい。
そんな重い日々が来る日も来る日も続く。
すり減ってしまいそう。
早く終わって欲しい。無事に着陸したい。と思うのが普通でしょうが、
木村の場合撮影終了は開放感6に喪失感4だと。
やっぱりMゾじゃ無いですか、演じることに関しては。
毎回「全力で。」「役を生きる。」
未だに新人のような瑞々しい感性を保っているのに驚き、だからこそ彼の芝居は
いつも新鮮に見えるのかもしれない。
こういう話、今まであまり語らなかったよね。
去年撮り終えてるからほぼ一年前の記憶なのに、妙に細部がくっきりして、
生々しい感じ。
つい先日撮り終えたかのようだ。
現場が強烈だったのだろうし、お芝居に集中できる環境だったからこそ、
語る心境になったのかもと、考えてしまう。
インタビューといえば二宮くんのも興味深い。
特にキネ旬。
彼の見た木村拓哉像がまさに私(たち)が想像していたものとかなり近くて、
「おおー!」となりました。
曰く「スペックが違う。」
「本人は気づいてない。」
・・・これだよ。
共演者が彼を尊敬し好きになってしまう理由。
プロ意識に着いていけなくなる人もいるだろう理由。
そして彼が、どこか孤独を抱え込んで見える理由。
そしてたぶん、さんまさんと彼が固く結びつく理由。
そして二宮くんが木村の芝居を「ロジカル」と評したのがまたツボで。
そう、木村のは憑依されたお芝居じゃない。
役の生を染み込ませ、細胞レベルで同化する。
役になりきるというより役と融合する時、木村が使うのは「ロジック」だと。
その一方で、「現場ではエモーショナルに動く瞬間があった」と言ってるのが、
楽しみで仕方ないです。
彼が感情を爆発させたと感じたお芝居はそれほどない。
パッと思いついたのだと、
一分、華麗、空☆、アイカム、アイムホーム、無限の住人。かなぁ。
あの、理性が吹っ飛んだ瞬間の木村の目。
たまりません。
原田監督は「カメラに映ってるのはその役の人生の一瞬でしかない。」を
念頭に置いた上でのお芝居を要求したとのこと。
人物のバックグラウンドを演者が掴んでるのとそうで無いのとはリアリティが違う。
二宮くん曰く「頭の中にしっかりした映像がある」原田監督らしい指示の出し方。
ビジュアルシンカー。
そこ木村と同じじゃない?
ビジュアルシンカー(監督)vsビジュアルシンカー(役者) の構図。
監督ってエゴイストなくらいでないとやってられないし、良いものはできないはず。
いろんなタイプが居るでしょうが、原田監督はまさにそんな感じ。
そこで役者がエゴをむき出しにしたら収拾つかないこともあるだろう。
でも「それはいらないから。」と言われたら、パッと切り捨てる役者。
「だって、いらないんだもん。」
だからの、原田監督曰く、「エゴが無い。」
自分を良く見せたい。上手く見せたい。
向上心とエゴの境界線が、彼にはちゃんと見えているんだろう。
インタビュー全体の熱のこもり方。
彼が今回、できうる限り準備して現場に臨んだのがわかる。
木村流の演技論に踏み込んだ発言は珍しい。
これも新体制だからこそ、ですね。
飯島時代のギリギリ詰め込みスケジュールでは不可能だったこと。
準備する、心と体を整える、自分の意思を反映させる。
それが今、可能になりつつある。
「自然体」で。
コメント
FLOWのタイトル通りいい感じの波に乗って行けばいいですね。
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きっと最良のタイミングで魅せてくれるような気がしてます。