尾花夏樹ってこんな人だったのか。

どこか根無し草に見えた彼の根っこはここにあったんだなぁ。
浅草「浪漫亭」。
風貌から人となりが分かってしまうような洋食屋のオヤジ、潮。
グランメゾン東京に招待されて極上の料理を振る舞われながら
「何もかもが三流だ。」と言い放つ遠慮の無さ。
更に京野に責任がある、と。
ここに先週ラストの仕掛けが効いてくるんだよね。
酔っ払った勢いで倫子に「好きです。」と告白した京野の甘さ。
3年間、借金を背負って苦しんだ彼にようやく見えて来た明るい未来。
舞い上がるのも無理はないけれど、倫子への言動も、ギャルソンというより
マネージャー的になりつつあり、ちょっと舞い上がり気味。
もともと京野はマネージメント能力が高い人ですから。
で、そのマネージメント方面に突っ走り過ぎたのがgakuの江藤オーナー。
京野も一歩間違えたらああなるかも知れない。
店を愛してるのは京野も江藤も同じ。
違うのは愛し方。
江藤オーナー、リンダの祝福の言葉に、丹後を発掘した自分のすごさを誇ってましたよね。ワインのランクを下げるよう京野に指示したり。
経営が先走ってお客と向きあえていない。
京野は「すべてはお客様の満足の為に。」がモットー。
その彼が道を外れそうになったタイミングで潮のオヤジがやって来て、
一番大切なことは何かを思い出させた、という流れ。
それにしても潮の批判はあまりにも唐突すぎて、グランメゾンのメンバー同様、
見てる私も困惑しました…もっと言い方ってもんがあるだろうに。
って、尾花とそっくりですね 笑

その潮のオヤジは尾花夏樹の料理の師匠。
それが何を意味するのかを、倫子の目線を通して実感する。
ビーフに火を通す時、蓋をした鍋の中から聞こえてくる油の弾ける音。
それはパリのビストロのキッチンで手長エビのエチュべを作るときの尾花。
(ちなみに演出も初回のと同じ、鍋底から潮の顔を見上げるアングルのカメラ)
オヤジ変わってないなぁと小さく微笑む尾花を見る倫子の表情。
【尾花夏樹のルーツはここだったのね。】と。
個人的に初回の倫子のセリフで印象的だったのが、星が取れるかどうかは
レストランの「血」とも関係ある。の下りで、どこのレストランで誰に師事するかが
後々の成功を左右する、という意味だと解釈したのですが、人から人へと
文章(レシピ)だけでなく、味が血筋として受け継がれていくのなら、
師匠と弟子の関係はまさに親と子の関係。
肉体の遺伝子のように味の遺伝子が受け継がれる。
そのまま引き継ぐ味があれば、新しい血を取り込み進化していく味もある。
エスコフィユを立ち上げた尾花のように。
そしてすでに、尾花自身も遺伝子を残す側の年齢だと気づく。
例えば、尾花の口癖をつい後輩に言ってしまう祥平。
松井と共作したモンブランのクリームの味わいも尾花とそっくりだった。
潮が尾花に最初にプレゼントしたのがペティナイフ。
尾花は同じ店で同じように芹田にペティナイフを贈る。
芹田の掌のマメで5ミリ角の野菜のカット作業に気づく祥平。
それは彼が駆け出しの頃散々やらされた修行であり。
祥平と芹田の間にもジェネレーションギャップはありますが、
根底に受け継がれていくものは同じ。
しかし今、すべてのルーツでもある潮は、年齢を重ねて心臓と味覚に障害を持つ。
一方の尾花は今、料理人として脂の乗り切った年齢である。
そして10年、20年後。
彼もまた順当に年老いていく。
肉体は思うようにならず、筋力は落ち、味覚が鈍る。
老いから逃れられる人はいない。
浅草でとびきり美味いビーフシチューを作る料理人も、
ミシュランの三つ星を狙う料理人にも。

動かないバイクが尾花の手で修理され、エンジンが息を吹き返す。
が、潮は尾花に大事なバイクを譲りわたす。
「まだ乗れるのに?」
大型バイクで走るには年を取り過ぎた。
手渡したグリーンのヘルメットがそう語る。
「俺があんたの舌になってやるよ。」
俺のルーツはここにある。
あんたの舌が、いまの俺を作ったんだから。
「料理、辞めんなよ。」
走り去る尾花の背中に「取れよ!三つ星!」と師匠の檄が飛ぶ。
振りかえらず、ただ左手を高く挙げ、指で三つ星のサイン。
弟子の背中は大きくなった。
逞しく。
そして、血と遺伝子が受け継がれていく。
まるで父と息子のように。

木村の背中。
背中で語るのが一流の男。
なんて昔から言いますけどまさにそれで。
バイクで見せた後ろ姿は文句なくカッコいい最上の男のそれですが、
師匠のキッチンでの後ろ姿に思わず目頭が熱くなりました。
青みがかった夜の、薄暗い電灯と足元の電気ストーブ。
一人で食事を作って食べる潮の、寂しさが滲み出るようなキッチン。
日常の何気ない一コマに近いけれど、その背中には何とか師匠を助けたいと
手がかりを探すそれは、優しさと一生懸命さに溢れていた。
あの感じ、尾花を「生きて」いるから醸し出せたもの。
尾花は言葉で語らず料理を作り、味で人の心を動かす。
つまり「料理する姿に説得力がある」のが絶対条件で、そこをクリアしないと
存在自体が噓っぽくなってしまう。
そこをクリアした上での、尾花夏樹としての心理表現の細やかさ。

かと言ってその凄さを特にアピールする事もなく。
京野と尾花の共同生活のシーン、最高でしたね。
「自分の部屋で風呂に入れるって最高だなぁ。」
「てかここオレの部屋!」
「服がデカいんだよ。」
「人の服着て文句言うなよ!」
そして極め付けのじゃんけん三回勝負 笑
京野と尾花が沢村一樹と木村拓哉になっちゃってましたけど 笑
または、尾花が「相沢!」と言えば「voila!」と差し出すタイミング。
さり気ないけど見事なリズムですよね。
木村が本当に楽しそうにのびのびやれてるなぁ、と感じるのは、
周りの役者さんたち全員がコミュニケーションとしてお芝居を楽しんでいるから、
ですよね。

コメント

nophoto
ponpocorin
2019年12月10日19:39

まさに、ですよね。
こんばんは。
こちらに来ちゃいました。
潮と尾花のやり取り、ぶっきらぼうな物言い、お互いを思う気持ちの温かさ。
しびれた8話でした。
尾花を生きてくれてありがとうと言いたいです。
師匠のキッチンでの後ろ姿は素晴らしかった。
何回リピしても面白いって凄いです。

nophoto
coco coro
2019年12月11日13:30

HT様

今回も我が家は家族3人で揃って観ることに。
恐らくはこのまま最終回まで。
夫は潮さん登場のこの回がえらく気に入ったみたいです。
私は尾花のあの横柄な物言いやすぐに手が出るところが、フレンチレストランのシェフとしては?だったので、そのルーツが判って納得しました。
まんま潮さんでした。
でも倫子さんに「いい女だね」ってお触りしそうな時にペシッとして「そんな時代じゃない」と言ったあたりの二人の関係に笑えました。

「人は老いる」でも諦めるのは早い。
「俺があんたの舌になってやる」という尾花の言葉。
「辞めんなよ。常連さん、待ってんだろ」と相変わらずの口調。
バイクに乗ってミラーに映る師匠の姿。「取れよ、三星」に三星のサインで応える尾花の姿に夫も私も涙が溢れました。
「お父さん、ワンピース好きじゃん。尾花はルフィーとは違うけど、仲間を思ってチームで闘うとこなんか間違いなくこれ好きだよ」とは息子の言葉。
バイク好きの夫と息子はエンジンがかかった時に嬉しそうな顔。
「やっぱり、あの音がいいんだよな」と二人で笑ってました。
HT様のおっしゃる通り、この作品は男性の方が熱い想いを抱くみたいです。

料理人と老いについてのうずらさんの呟きにまたまた教えられることがたくさんありました。このドラマは本当に様々な人達が真剣に観て語ってくれる素晴らしい作品ですね。

ちなみに、私も尾花の料理人としてのルーツと木村さんの素晴らしい後ろ姿(師匠の台所に立った時の尾花の背中は特に)、木場さんの頑固な料理人ぶりが大好きで毎日リピしまくってます。

あと、前回のエリーゼとアメリーについて。
生後3ヶ月で母と別れた私にはアメリーの気持ちは分かりませんけど、多分アメリーは気を遣ったところもあるのでは。私自身子供の頃母が「お父さんと私のどちらが好き」と尋ねた時正直な気持ちは言えず相手を傷つけないようにと思いました。多分父なら私が何と答えても許してくれるとも思ったものです。母親がいない間相沢はアメリーにいつも優しく接してママンはアメリーを愛してるし、必ず帰って来てくれると言っていたはずです。ママンを大好きなままでいられたことは本当に素晴らしいことです。きっと今度はママンと一緒に居てパパを待っていようと考えたのかな?などと思ってました。とにかくこのドラマでの相沢の気配りと優しさとお茶目なところに癒されることが多くて、大好きです。

いよいよラスト3回。
ちょっと鬱陶しい夫と一緒に最後まで楽しみます。


たぬきん
2019年12月12日17:49

毎度素晴らしい感想をありがとうございます!読み応えのある感想はまるで詩のようだと思っております(*´ω`*)

さてさて、昔から木村の後ろ姿萌えな私にとってこのドラマは大好きな後ろ姿(しかもとびきり印象的な)を堪能しまくれる本当に大好きな作品になりました!(人´∀`)尾花のお師匠さんは、尾花に性格も料理スタイルもそっくりでHTさんの言う「遺伝」「血」を感じました。ハーレーをバリバリに乗りこなしてたであろう早い若い頃はさぞかし良い男だったでしょうな。尾花の未来の姿が伺えたかも( *´艸`)クスッ♪

しかし、料理人に限らず誰にでも分け隔てなく訪れる「老い」をこんな風に描くとは。負の面だけ強調されがちですが、そこに希望が見える所が「グランメゾン東京」の醍醐味だと思っております。

京野と尾花のおっさんずラブ(違)なシーンはその後の恐怖シーンの前の一瞬のオアシスでしたね(*´∀`)もう、あの二人大好きすぎる!!!そしてリンダは怖すぎる!!!((((;゚Д゚)))))))来週が楽しみのような怖いような…。

HT
2019年12月13日17:58

ponpocorin様、こんばんは。

#8話は木村の背中の素晴らしさに撃ち抜かれまくりの回でしたね。
キッチンのシーン、皆さん「そうそう!あそこ!!」と仰っていて嬉しい!
背中で語れるのは全身で尾花夏樹で居てくれてるから…そんな木村に受けて立つ
潮のオヤジさんを演じた木場さんの凄みも圧倒的でした。

HT
2019年12月13日18:07

coco coro様。

師匠の女好きを想起させるシーンww
「そんなとこまで師匠と弟子か?」と一人ツッコミを入れるわたしw
「そんな時代じゃないから。」にジェネレーションギャップと世相が。
働き方改革。シングルファザー。時代の空気への目配りもドラマを気持ちよく感じさせる一要素かもしれないですね。
師弟関係とか仲間とか男性の大好きなキーワードだと思うし、尾花自身、
昔気質の職人を思わせる人物設定なのも効いてます。

アメリーが気を遣ったは、あると思います。
お父さんとお母さんがなぜ一緒に暮らせないのか。
彼女なりに感じ取って理解してると思う。
女の子って幼くてもその辺敏感だなぁと息子が保育園時代感じました。
だからこそ、早く三つ星を獲って相沢をパリに帰してあげられますように。

ウチも旦那がいつも一緒に見てます。
泣いてる?と聞くと「泣いてないよ!」って答えますが、8話の師匠の言葉には
たぶん泣いてましたw

HT
2019年12月13日18:16

たぬきん様。

若者のすべてで踏切で振り向いた木村に撃ち抜かれたたぬきんとしては
あの背中の雄弁さは外せないよねwww
革ジャンって若い子より酸いも甘いも嚙み分けた大人の男のが似合う。
トレンチと革ジャンはむしろ大人に着てほしい!!
似合う為には無駄な脂肪は付けず、姿勢を正さねばいけませんがwww
「老い」は大抵の場合、悲しく寂しく冷たいものとして描かれます。
肉体的に衰えていくのだから当然かもですが、プラスの部分もある。
それを、言葉でなく物語の中で見せてくれたのは本当に良かった。
木村自身もアラフィフですからね。
年を重ねることをどうポジティブに描くか?もグラメの一つのテーマかなと。

リンダ樣、好きなの私w
復讐に凝り固まって無様を晒すような愚かな女じゃないと期待してます。

nophoto
裕子
2019年12月13日19:41

HT様

わぁ、すっかり出遅れてしまいました、HT様のいつもながらの素晴らしい文章に
感嘆しつつ、皆様の貴重なご感想にうんうんと頷きっぱなしです。

私は1話で尾花の仕事っぷりを見たとき、師匠はだれだろうと思いました。
多分巴里で修業した一番初めの店のシェフだろうと勝手に思ってました。
しかしまさか日本人の潮シェフだったとは。
音楽の世界でもまずどの先生についたかは物凄く重要視されます。
コンサートのパンフにも学生時代から活躍している現在に至るまで
教えを乞うた先生方の名前がズラリと書き込んでありますよね。
そして一番初めについた先生の影響を勿論のこと、一番強く受けます。
これは他に真似しようがないからですよね。だから尾花が潮に似ているのは
当然でしょうね。でもいい師匠につきました!

背中の演技!もうもうこれをやらせたら木村拓哉に叶う役者はいません。
私はギフトで縛った髪をときながら、屋上で背中を見せて立っているシーン、
また「ラブジェネ」で雨に濡れていつものカフェ?に来て後ろ向きで
泣いているようなシーン等々。今回もありますが、あんなに背中で
語れる役者は日本では木村さん以外には知りません(イギリスの俳優ダーク・
ボガート、フランスのあの女優さんもすごいと思っていますが)。

それから老いと仕事の仕方。
これも夏に行ったある著名なオペラ歌手のコンサートで、それを感じました。
昔から朗々と歌い上げていた彼女の歌い方が変わっていたのです。
歌い方変えたな、と思いました。これまでの歌い上げる唱法を、ステージオペラのように歌よりもむしろ演技をみせるように歌ったのです。それはそれなりに
素晴らしいものではありましたが。
あとでトークがあったのですが、昔のようには行かない、でも私も出来るだけ長く歌えるようにジムに通って筋肉を鍛えている、演奏家もアスリートと同じ。
と言っていました。

今回はとても身につまされることが多くて!

明後日はリンダ様、まさかのご乱心ではないですよね。
HT様、よろしくお願いいたします!!

HT
2019年12月19日18:02

裕子樣こんばんは。

私も意外でした。
尾花の最初の師匠。
でも潮の料理へのスタンスはしっかり尾花に受け継がれていましたね。
音楽も料理も才能とスキルがモノをいう世界なのでしょう。
才能が花開くにはスキルが必要。
まさに遺伝子、血脈です。


ギフトの髪を解く由紀夫。
はっきりとイメージできます。
ごく若い時から背中で語れる男…覚悟が違いますよね。
孤高の男の背中。
彼は若い時から老いをあまり恐れていなかったように思います。
年をとって不良なオヤジになるのが楽しみだとか、人生の先輩への憧れとか。
これから50代に向かってどう熟成して行くのか。
彼自身も支えるチームもしっかり考えていそうで楽しみです!!