人は皆過去から続く現在を生きている。
過去のある時・ある瞬間の積み重ねの上に今の「わたし」がある。
と言えるかもしれない。

尾花夏樹はエスコフィユという素晴らしいレストランのオーナーシェフだった。
しかし日仏首脳会談の席でアレルギー食材混入事故を起こし、全てを失った。

平古祥平は尾花夏樹のエスコフィユで働いていた。
アレルギー食材混入事故は彼の不注意に起因するものだったが、
それを公にすることなく日本に戻って3年間をすごした。

久住栞奈は外務省次官の娘でソムリエを目指して夢を持って働いていた。
エスコフィユの事故で父は失脚、左遷され、滅多に会えない僻地で暮らし
彼女は尾花夏樹を恨んでいる。

リンダ・真知子・リシャールは業界では名の知れたフーディ。
尾花夏樹とは恋人同士でもあった。
事件の犯人が平古祥平と知り、彼と庇った尾花を憎んでいる。


3年前の事故。
皆、その過去の十字架を背負って歩き続けてきた。
京野も相沢もだ。

尾花はかつての仲間を一人ずつ自分の側に引き入れて行く。
が、彼は過去の弁明を何一つしない。誰が犯人かも言わない。
罵声を浴びせられ、クズだと罵られ、
お前とだけは関わりたくないと断られても、だ。
尾花夏樹は自分の天才を信じているから。
栞奈すら、彼の料理への情熱に触れて、仲間に加わった。
栞奈に「日本産の良いワインを提案しろ。」と言った尾花は、
たぶん京野の指摘通り「本当にいいワインを持ってくるか試した。」のだろう。
栞奈は最高のワインを持ってきた。
尾花には彼女の過去も目的も分かっていたはず。
でもぶどう畑をめぐりワイナリーで熱く語る彼女には、薄暗いものは一切感じない。
尾花は見抜いていたのだ。
栞奈もまた、料理を愛する者だと。
「せっかくの料理を濁らせたくないもんな。」
「死ぬほど料理が好きだから。」
美味しいものは人の気持ちを動かす。
尾花夏樹は自分の味に絶対の自信を持ち、その魔力を信じている。

栞奈の言葉。
「誰があんたの作る料理なんか!」は、7話のエリーゼの言葉を連想する。
「もう、あなたの料理は食べたくない!」
二人とも心の中でこういったはず。
【だって美味しくて心動かされてしまうから】
尾花の料理は、食べる人に本当の歓びを運んでくる。
歓びは奇蹟を生み、人は怒りを忘れ、過去を赦す。

倫子の言葉。
「尾花夏樹の料理には人を動かす力がある。」


尾花は過去の経験から、トラブルが起きたときの最良の対処方法を知っている。
保健所に届け、徹底的に調査し、店を消毒し、顧客に情報公開することで
店への被害を最小限に抑えた。

でも、過去は変えられない。
平古を庇って全責任を被ったのは、間違いではなかっただろうけれど、
京野や相沢の人生を狂わせ、久住やリンダに憎しみを植えつけた。
結局、平古は居場所を失い、リンダはグランメゾンに宣戦布告する。

行方不明だった3年間、尾花は自分自身に問いかけ続けたかもしれない。
あの時、自分はどうすれば良かったのか?
怒りに任せて役人を殴ったのは彼の瑕疵なのは間違いない。
でも、もし。
アレルギー事件の顛末を公にすれば、誰かの同情を買えたかもしれない。
だとしたら?
平古祥平の才能は蕾すらつけないまま切り捨てられただろう。

平古をグランメゾンに呼ぶ。
それは新たな困難をグランメゾン東京に持ち込むリスクの高い行為だ。
リンダは、顔に泥を塗られた以上に、倫子と尾花の関係に嫉妬している。
二人が恋人ではなく対等な立場のシェフであり仲間だからだ。
料理評論の世界では絶対権力者のように振る舞う彼女であっても。
倫子と尾花はクリエイターとしての絆で結ばれている。
リンダは政治力で三ツ星獲得を阻止できたとしても、二人の絆は断ち切れない。
「倫子さんに星をプレゼントできなくなるわよ?」
彼女の言葉は、尾花には響かない。
尾花は過去を振り返らない。

平古祥平は自らの過去を告白した。
彼が前を向いて歩き出すにはグランメゾンに来るしかない。
尾花と彼とで三ツ星を掴む。
妨害も圧力も料理の奇蹟で跳ね返すしかない。
祥平が美優と幸せを掴むなら、
グランメゾンで働きながら美優の父親を説得するしかない。
個人的には彼は丹波と合流するのが一番いいと思う。
尾花夏樹と居る限り、彼は弟子であり続けるから。
尾花が潮の元を離れ、単身パリへ向かったように。

尾花は、リンダを「料理で」説得しなければならない。
必ずやれると尾花は信じている。
彼女が、今でも自分の知っているリンダのままなら。
本物の熱狂的なフーディならば。

「あんたって料理のことか美味しいかしか考えてないよね!」と倫子はいった。
それで良いのだ。
尾花夏樹の料理で、奇跡は起きる。
きっと。

コメント

nophoto
coco coro
2019年12月23日15:29

HT様

HTさまの深い洞察力に溢れる言葉を読み、バイク姿の尾花を思い出しながらこの一週間ずっと考えていました。
エスコフィユでのアレルギー食材混入事故の時、尾花は何を思いどうしようと思ったのか?
京野が祥平の告白で事件の真相に気付いて尾花に謝った時「俺も逃げてた」と言った尾花。

あの事件で店はなくなり、エスコフィユにいた日本人の3人も各々の事情で日本に戻っていた時も尾花はフランスに残り借金取りから逃げながらもフレンチの世界に居たいと願っていたはず。
祥平を庇ったものの、彼自身は全てを失ってた。
京野をして本当の料理バカと言わしめる程料理が全てだった尾花の絶望は計り知れない。

その絶望が深ければ深い程、今倫子と一緒に全身全霊でお客様に満足してもらうための料理を作ることに没頭できる幸せを噛みしめているはずの尾花。
自分の原点である師匠と再会し、あらためてお客様のための料理をつくることに没頭する尾花はこれからどうするのだろう。

エスコフィユでは出来なかったことが今のグランメゾンなら出来ると実感して3つ星を目指す尾花の思うフレンチの可能性。
チームグランメゾンが魅力的で最強だからこそ、尾花はそこから離れて行くのではないかとバイクに乗って祥平を迎えに行った尾花を見てふと思ってしまうのです。

過去は変えられない。
尾花や京野や相沢が失ったものは戻らない。
だからこそ今を全力で生きて未来を変える努力をする。
あらゆる世界に通用する真理だと思います。
プロとして生きる人達が心惹かれる作品ですね。

またしても祥平の泣き顔が堪らなかった今回ですけど、いつも私より先に涙する夫がスケート中継の途中でグランメゾンにチャンネルをかえたことに驚きました。
そして、いろいろ結末を予想してくるのがちょっと迷惑です。
来週はいよいよ最終回。
次男坊が帰って来るのですが、多分我が家は3つ星を追っています。

HT
2019年12月27日15:40

coco coro様、こんにちは。

尾花の3年間。
具体的な描写はないので想像の域を出ないけれど。
初回、ランブロワジーの小さな厨房でソースを作った時の、横顔。
アレが全てを語ってる気がします。
思う存分に腕を振るう。
そして自分の作る美味に酔う快感。
3年間、長かったでしょうね。

祥平の泣き顔はずるいw
子供のように泣くんですよね、彼。見てると胸が痛くなる。
裏を返せば彼はまだ一人前の大人の男になりきれてないのかも。
最終回、グンと成長するであろう彼と、師匠である尾花の関係性が変化するのか。

12/29。
我が家もグランメゾン東京に釘付けです。